タヌキの不定期日誌

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zoom RSS 学びたいと思う心

<<   作成日時 : 2017/03/20 00:44  

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

最近,お金と勉強ということをよく考えます。

家庭の経済状況と子供の学力が比例するというのは,
かなり以前から指摘されている「事実」ですが,
問題は,学力そのものよりも「学ぶ意欲」にある気がしています。

学生を見ていて良く感じるのは,「学ぶ意欲」を持っている学生と,
まったくそれを持ち合わせていない学生の差です。

後者の学生は,たいていの場合,勉強を「嫌な仕事」と捉えています。
だから学ぶことが喜びをもたらすことを知らない。

自分が何かを知ることで、世界の見え方が変わるということを
実感したこともなければ,そういうことが起こることすら知らない。

しかし世界の見え方が変わるためには,やはり最低限の知識が必要です。
そういう土台が,高校までに身についているかどうか。

残念ながら,多くの学生にとって,高校までの勉強が単なる「苦行」なのです。
ノルマと言ってもよい。

勉強はノルマなのか。
はっきり言って,世の中に出て知らないと困る知識というのは,
それほど多くありません。
ただ「知らないと恥をかく」という知識はあります。
問題は,大学に入学した段階で,そうした知識が身についていない
学生がかなりの数存在するということです。

彼らにそういう「常識」を教えることは,間違いなく私達の仕事です。
しかしその先のことは,彼ら自身の中から求められねばならない。
それをどうするか。社会の問題だと言って誰かに任せるのか。

そんなこと言ってられる状況ではないと思いますが,
大学の先生の関心はゼロに近い。

私が談話会という集まりを始めてもう十五年くらいになりますが,
そういう自発的な集まりに参加する学生は減る一方です。
「自由に話してごらん」と言っても,そういう場が貴重だとも思わない。
「バイトがあるので」と言う学生達も少なくありません。

単位がかかっているカリキュラム上の授業よりも,
単位に縛られない哲学カフェの方がはるかに
「意味がある」と思っているのは教員たちだけで,
ほんのわずかの学生だけが,そこにやってくる。

私がやりたいのは、ソクラテスのまねごとですから,
数人でも集まれば十分なのかも知れません。
ソクラテスが話を始めると、何十人もの人間が集まってきた,
なんてことはなく,むしろ多くの人から馬鹿にされていた訳ですから,
多くの人を引きつければ,それが教育として素晴らしいというわけでもないのでしょう。

しかし自発的に考える人間が減れば,民主主義は確実に衆愚政治となります。
実際,とうの昔にこの国はそういう状況にある。

ゼロからものを考えている人間なので,絶望するなんてこととは無縁ですが,
この状況をどうすれば変えることができるのか。





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