主語は必須か

ヨーロッパの言語では、基本的に、主語があって述語があり、 述語はすべて動詞であるという文法があります。 日本語文法でも、一般には、主語があって、述語があると説明されます。 ただし日本語の場合、主語はしばしば省略される、と言われます。 つまり日本語もヨーロッパの言語と、基本的には同じだというわけです。 それに異を唱え…
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グッバイ 電電公社

若い人は知らないでしょうが、昔、日本の電話はすべて 「電電公社」というところの管轄でした。 それが民営化して出来たのが、NTTとドコモ。 今日、家の電話も携帯もすべてドコモではなくなりました。 家族全員が格安スマホに変え、プロバイダーもドコモではなくなりました。 ドコモは、安くなったとは言え、まだ非大手の倍くら…
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ブーレーシス

古典ギリシア語で意志のことをブーレーシスという。 興味深いことに、この言葉が哲学的なテキストに現れるのは、 アリストテレスを待たねばならない。 プラトンのテキスト、つまりソクラテスの議論に、 この言葉は登場しない。 自らの生死がかかった場面でソクラテスは、 「若者への教育をやめるか、それともやめないで死ぬか」 …
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肯定と否定

社会が民主化するはるか昔から、 個人レベルでは 「自己の単純な肯定は偽りの生であり、 真の生への道は自己の否定にある」 ということが真理として語られ続けてきた。 そう、二千五百年以上も前から。 それでも、人類は、トータルで見れば、 この真理を受け入れてはいない。 自己を否定することが自己を肯定することであり、…
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否定とは

「無ではない」という文は否定文である。 つまり何らかの事態を描写している文ではない。 それは、いかなる特定の事態も語ってはいない。 それは、あらゆる可能性から端的な無が排除されることを意味するに過ぎない。 他方、パルメニデスやエックハルトは、「無ではない」を 「存在」という肯定的な表現に置き換えてしまっている。…
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vs 承認欲求

人は褒められると嬉しい。 認められると嬉しい。 認められたいという欲求を、承認欲求という。 これは、おそらくほとんどすべての人間が、 無意識のうちに、しかも実は強烈に持っている欲求である。 もちろん私にもある。 全然社会に承認されていない私のような人間は、 その分、承認欲求も強くなっていると言える。 …
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嘲笑されるという経験

学問の世界で生きていこうとすると、 就職のために自分をアピールすることが求められます。 学会に出て色々な学者に顔を売り、 お付き合いをする。 学者の集まりに顔を出して、 人間的なつながりを作る。 そうした就職活動の多くを私はしません。 同じ業界の集まり、つまり哲学アカデミズムとは、 二十年ほど前から絶縁状…
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哲学カフェ

久しぶりの哲学カフェを開催します。 6月22日土曜日 12時半~17時 (途中だけの参加も可) テーマ: 愛がないことは悪? 場所は西宮北口です。 会場の定員がありますので、参加を希望される方は、 あらかじめ私まで連絡ください。
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一番不思議なこと

私が、「個人的に」一番不思議だと思っているのは、 「私ごときが」明らかに出来た真理を、 なぜこれまで誰も明らかに出来なかったのか、ということ。 よく、「お前ごときが、究極の真理を語るなど おこがましいのもいい加減にしろ」と言われますが、 ひとに言われるまでもなく、 二十年ほど前からずっと、 「私ごときが理解したものが …
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哲学者達には見えない真理

愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶ。 ドイツの宰相、ビスマルクの言葉だそうです。 体験は、その人一人のもの。 歴史は、これまでの人類の知恵の集積。 自分の体験を歴史から俯瞰することが出来て初めて、 歴史学は成立する。 同じことは哲学にも言えるはずで、 個人の体験を、その体験の言葉で語っても、 「分かる奴に…
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思索者エックハルト

エックハルトのテキストをじっくり読むのは、二〇年ぶりくらいでしょうか。 以前、何度も何度も読んだテキストなので、 久しぶりに読んでもまったく久しぶりという感じがしません。 ただ、テキストを読む私自身が変化しているので、 読み方やテキストから受ける印象は、かなり変わってきています。 一つ、以前よりも遙かに明確になった…
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意味と価値

言葉は意味を持つ。 意味を持たない言葉は、無意味である。 では、言葉は、何らかの価値を示すのか。 現代において、無意味であるとは無価値であるということと ほとんど同義に用いられている。 無意味な言葉は、価値がない。 では、意味のある言葉は、価値があるのか。 或る体験が、最高の体験だと思えるのは、 …
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面白い日本史?

橋本治の本に書かれてたことですが、 平安時代には、男色は当たり前のことで、 自分の身分を上げるために、 男性が権力者に身体を売るなんてことは 日常的だったとのことです。 知らなかった。 娘を天皇に嫁がせて、権力を手に入れる といった話は、普通の日本史にも出てきますが、 男が自分の身体を売って権力を手に入れるなんて…
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体験、の好きな人たち

以前、とある宗教系の大学の夜間の授業で、 聴講している年配の方が、 「論理よりも体験の方が深いはずだ」 と言いました。 私が、「論理は議論の基準となるので動かせない」 と述べたことへの反論でした。 もちろんこれは反論ではありません。 なぜ体験の方が論理より深いのか、 を説明しなければ、「論」ではないからです。…
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